座敷牢群島

日頃触れ合った様々な文化についての備忘録となっております。

楠淳生+中村健二『野球と実況中継』

 楠淳生、中村健二『野球と実況中継』(彩流社、2017)

 私はスポーツアナウンサーの名調子が好きで、競馬や野球の名実況と言われるような場面は何度も見てしまう。この本では関西ではお馴染みであろうABC楠淳生アナが野球中継の技術論について語っている。

 前半は高校野球の魅力について語っていてこれはこれで面白く後半へのフリにはなっているうのだが、いかんせん本題との関係は薄いので軽く目を通す程度。内容よりも、ありがちな誤字やミスが目立っていたのが気になった。

 後半は実況の技術論。実況の理想的時系列を「状況設定」→「予測実況」→「プレー素描」→「累積実況」というチャートにして示している点は新しい。楠アナ曰く状況設定や素描ができるのはアナウンサーの最低条件であり、一流の実況アナウンサーにとってはユーザーに起こりうる選択肢を提示する「予測実況」と試合・シーズンなどの流れの繋がりを強調する「累積実況」ができることが重要だという。ベテランアナウンサーになればなるほど「予測実況」「累積実況」の実況中に占める割合が上がってくるというデータはなかなか興味深い。

 もう少し「予測実況」と「累積実況」それぞれについてさらに突っ込んだ話が聞きたかった気もする。ややもすればくどくなりがちな(というか個人的には楠アナはくどいと思ってしまう)「予測実況」「累積実況」の質をどのような評価するのかという軸は提示されているようには思えなかった。とはいえ、スマホアプリの台頭のなかで実況の付加要素を強調して中継のあり方を見直すという試みは極めて有意義であろう。

 北川の代打逆転サヨナラ満塁優勝決定ホームランの実況や福本豊との「たこやき事件」「居酒屋実況」についてのこぼれ話が気になる人も一読してみるといいだろう。最終章のアメリカ研修の話もなかなか面白い。意識的に英語を取り入れるようにしたという話では近藤祐司アナを思い出したが交流はあるのだろうか。

 野球中継が好きだという人は一読してみるといいかもしれない。