座敷牢群島

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出村和彦『アウグスティヌス――「心」の哲学者』 

出村和彦『アウグスティヌス――「心」の哲学者』(岩波新書、2017年)

 アウグスティヌスの生涯と思想をダイジェスト的にわかりやすく紹介した一冊。

 かつてアウグスティヌス『告白』(服部訳)を読んだとき、意外にも説教臭くないその内容に驚いた記憶がある。久しぶりにアウグスティヌスについて読みたくなってこの本を手に取った。目新しい内容ではないが、非常に丁寧に時代背景が描かれているうえにコンパクトでまさに良書という感じ。

 アウグスティヌスが繰り広げた思考の面白さの核となっている部分が端的に筆者によって表現されていると感じた部分を引用して紹介する。

 その際、アウグスティヌスは、ソクラテス以来の「私たちは誰でも皆、幸福な生を送ることを望んでいる」ことを人間の理性的な共通前提としている。このことは古代倫理思想史の一事実として抑えておいていい。すなわち、幸福とは、ほんとうに善いものである最高善を所有し獲得しているときに達成できるのであり、自分がほんとうに愛しているものを享受することに他ならない、というのである。

 では、最高善とは何か。アウグスティヌスギリシア倫理学の基本線を生かして、人間にとっての完成である徳を積むことによって得られるものであると言う。しかし、その先に永遠不変の存在である神のみが、私達の魂の完成をもたらすと結論づけている。この神を得ようと寄りすがることこそが幸福をもたらすが、その寄りすがりは「ただ、愛、愛、愛によってのみ可能である」と宣言するのである。ここでのアウグスティヌスの戦略は、ギリシア・ローマ的な伝統が求めていた幸福は、キリスト教の神を愛してこそ実現すると示すことにある。不思議な融合的思考法が見られる注目すべき書物である。 (pp. 75-76.)

 

 ギリシャ・ローマ的思考とキリスト教を接合させるという荒業は、単なる神学者ではできなかっただろう。本書で描かれるような波乱万丈の人生がこの荒業の下地になっていることは間違いないだろう。

 アウグスティヌスの生涯を追うことも楽しいのだが、むしろ出村氏のなんとか抑えを効かせていることが伺える筆致の方が楽しい。思想を知るという面では物足りなさもあるのだが、アウグスティヌスの著作へと読者を誘うという意味ではこのぐらいの方がいいのだろう。