座敷牢群島

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小山慶太『 〈どんでん返し〉の科学史 蘇る錬金術、天動説、自然発生説』

小山慶太『 〈どんでん返し〉の科学史 蘇る錬金術、天動説、自然発生説』(中公新書、2018年)

 今となっては荒唐無稽な概念として扱われる錬金術、天動説、不可秤量物質、自然発生説などをキーとして科学史を描き出した一冊。物理学や電磁気学、生物学など様々な分野において、一度否定されたトピックは伏流のように流れており、学問の発達によって別の視点から再び湧き出てくる。例えば……天動説自体が否定されても天動説を支えていた概念は20世紀まで科学者のなかにしっかりと残っていて、折に触れて学説の中に顔を出す。熱をつかさどる不可秤量物質カロリックという概念は否定されたものの、不可秤量物質は存在していてむしろ宇宙創生時の粒子は質量などなかったことがわかってくる。このような概念の復活や蘇りが様々なトピックにおいて語られている。

 個人的に面白かったのは天動説を巡る話。カントが「コペルニクス的転回」と言ったことに引きづられてコペルニクスが大きな宇宙観の転換を起こしたように錯覚するが、宇宙に不動の中心があるという考えがなかなか変わらなかったという著者の指摘には思わず膝を打った。

 周転円とエカントによる複雑で煩瑣な辻褄合わせを行う必要があったとはいえ、天動説は実用に於いては何の問題もなく機能していた。コペルニクスが地動説を唱えたのは実用的な理由ではなく、むしろ美学的な理由であり、数学的な修正によって美しさを失った宇宙が耐え難かったのである。太陽を中心にすることで複雑な数学的修正を排除することができたということがコペルニクスの大きな発見であり、確かにこの時点では著者が言うように天動説と地動説は「同床異夢」だと言えよう。

 結局この不動の中心という考え方はニュートン力学においても採用されている。ニュートン力学的に物体が動いているか止まっているかを判定する際にはどうしても原点が必要だからだ。しかし、ニュートンはこのことに気がついていたために「絶対空間」なる概念を提唱するのだが、結局この概念も曖昧な辻褄合わせであり自らの力学と矛盾してしまうのである。

 不動の中心という考えを打ち破ったのはアインシュタインであった。彼はニュートン力学を無視し光速を不変とする天才的発想によって時間と空間の絶対性を排除した。しかし、アインシュタインもまた自分が作った方程式と自分が想定している静的宇宙の間に齟齬をきたし、結局辻褄合わせの「宇宙項」を導入することになる。結局ハッブルによって宇宙が膨張していることがわかりこの「宇宙項」は放棄される。

 結局に宇宙になんらかの不動の基準を設けるという天動説の根幹にある考え方は結局20世紀まで残り続けていたのであり、この考えを打ち破ったアインシュタインでさえも辻褄合わせの系譜のなかに位置づけられるのである。

 成功の系譜として紡ぎ出される科学史だが、辻褄合わせの歴史として眺めることによって歴史物語としての魅力は増す。人間が真実と向き合おうとするドラマとして科学史がより魅力的に感じられる一冊だった。