座敷牢群島

日頃触れ合った様々な文化についての備忘録となっております。

河口俊彦『一局の将棋 一回の人生』

河口俊彦『一局の将棋 一回の人生』(新潮文庫、1994年)

 

 「新人類の鬼譜」「運命の棋譜」「待ったをしたい棋譜」の三部からなる河口老師の将棋エッセイ集。

 今となっては想像できないが、羽生もなかなかタイトルが取れないと言われていた時期があった。逆に「準優勝男」と言われ続けていたら本当にタイトルを取れずに終わってしまったがのが森下。今年王将も名人も叡王も取りそこねた豊島はどちらになるのだろうか。また「花の55年組」の停滞は、その後の羽生世代の息の長さと比べると面白い。

 周りから受けが悪いうえに人付き合いの悪かった佐藤大五郎が周りから潰されてしまった話はいかにも将棋界らしい。「周りからどう思われるか」が大事だというのはどの社会でも通じる話ではあるが、将棋界ではあまりにも残酷にこの原理が作用していた。それゆえに感想戦や控室で読み筋の深さを他の棋士に見せつけておくことも重要なのだという。

 羽生に強かった日浦のエピソードも面白い。羽生に強いから「マングース」と呼ばれていたことは知っていたが、自分から「羽生にこんなに勝たれるのはおかしい」と言ってしまうタイプの棋士とは知らなかった。「嫌がらせをするぐらいの気持」という感じで指すのが秘訣だったとのこと。

 「打ったばかりの歩を捨てるなんて、そんな手は負けても指せません」と言って本当に負けてしまう高島弘光の負けっぷりも見事。記録に残らなくても、記憶に残るエピソードだ。羽生は「打ったばかりの歩を捨て」て豊島に勝って棋聖を防衛していたし、本当に強い人にはこの感覚はないのかもしれない。

 「待ったをしたい棋譜」ではプロ棋士がやってしまったポカが取り上げられる。自ら詰まされる手を指したのに相手がさらに間違えるといったやり合いは人間らしい。悪手が悪手を産むというのは人間の性であるようだ。