座敷牢群島

日頃触れ合った様々な文化についての備忘録となっております。

吉川英治『三国志』

吉川英治三国志(一)~(八)』(吉川英治歴史時代文庫)

 断片的には知っているが実際には読んだことがないという作品はかなり多い。『三国志』はそのような作品の一つであった。「水魚の交わり」「泣いて馬謖を斬る」「死せる孔明生ける仲達を走らす」などの故事成語はなんとなく知っているし、歴史としての三国時代もある程度の知識は持っている。言ってみれば外国の古代史であるにもかかわらず、異様なまでに日本で人気を誇る三国志。一度は何かしら通して読んでみようと考え、日本に浸透している所謂『吉川三国志』を手に取ってみることにした。
 さすがは人口に膾炙する作品だけあって読みやすく、分量は多いがスムーズに読む進めることができる。昭和の日本人から見たときに違和感が無いように丁寧に話を構成しているあたりが、吉川英治が大作家たる所以なのだろう。
 こういう作品を読んで人生の教訓を得るということが無い人間なので単なる読み物として面白く読んだ。登場人物たちの人生よりも、扱いづらい大河を扱う吉川英治の筆力と手際の良さに感嘆してしまう。講談を聞いているような気分になるのはテンポの付け方の上手さだろう。思い切って話をすっ飛ばしたり、かなり長めに引き延ばしたりする語りの感覚の鋭さを感じる。
 本家三国志と吉川三国志は構成が大きく違うという。序盤の桃園の誓いを長めにし、日本人が苦手そうな呪術パートは上手く省いて、孔明死後はバッサリとカット。なかなか大胆な編集ぶりである。では史書『三国志』や『三国志演義』、あるいは宮城谷昌光とくらべてみるか……とまではなっていないので読み比べは機会があればということになりそう。