座敷牢群島

日頃触れ合った様々な文化についての備忘録となっております。

祖父江慎、藤田重信、加島卓、鈴木広光 『文字のデザイン・書体の不思議』

祖父江慎、藤田重信、加島卓、鈴木広光 『文字のデザイン・書体の不思議』(左右社、神戸芸術工科大学レクチャーブックス2、2008年)

 神戸芸術工科大学の1年生に向けて行われた4回の特別講義の内容をまとめた一冊。
 
祖父江慎「ブックデザインとかなもじ書体のフシギ」
 本と文字が持つ関係について祖父江慎が独特の語り口で語っていく。まず、自分がデザインした独特のブックデザインの本たちを紹介していく。書体の組合せや組版の様々な可能性を掘り返していて面白い。そういえば先日読んだ『文章読本さん江』も祖父江慎デザインだったなあ。書体の歴史などについてもわかりやすく語っている。まさに公開講義1回目にふさわしいポップな感じ。

 

・藤田重信「フォントデザインの視点と細部」
 フォントデザインの現場で活躍し続ける筆者によるフォントデザインの基礎論。何種類かの明朝体を実際に見ながら、「視認性」や「可読性」など各フォントの持つ強みを示してくれる。フォントデザインは各文字を美しくデザインすること以上に、一定の方針に従って統一性をもたせることが重要なようだ。
 藤田が自らの作品である「筑紫明朝L」をその作成方針とともに紹介してくれるのだが、この部分は非常に面白い。「高い緊張感」をコンセプトに10ポイントで読みやすい文字を目指したこの書体は、逆にパソコンの画面上で拡大して見ると少しバランスがおかしく見える。僅かな角度や重心の違いが生み出すフォントデザインの違いは興味深い。また文字の均質さよりも筆の勢いの再現を重視する「筑紫書体」シリーズにおける右払い終筆の処理などは細かな考え方にびっくりする。


・加島卓「デザインを語ることは不可能なのか」
 よく言われるような「デザインを語るのは不可能だ」という言説の中心には、「デザインの本質」という語りえない空虚な中心が設定されていることを論じる。「デザインの本質」といったものがあるという前提を一度振りほどく必要があ、そのためにこの講演で彼はデザイナーによる自分語り(アイデンティティ形成)の歴史を語っている。まあ、そんなに面白くはない。


鈴木広光「制約から見えてくるもの……嵯峨本のタイポグラフィ
 江戸初期の活版印刷本である嵯峨本についての講演。嵯峨本『伊勢物語』は一字一字表現することが基本となるという制約がある活字にもかかわらず、続け書きされた連綿のものも表現されている。手書き文字の美しいあり方を表現するために『伊勢物語』はどのような技法を使っているのか? 日本語活字の難しさは本来続き書きで書かれる仮名を分割することにあった。活字の制約をどのように克服するか。連綿を表現する方法、空白を作り出す方法などは非常に興味深い。