座敷牢群島

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柏原宏紀『明治の技術官僚 近代日本を作った長州五傑』

柏原宏紀『明治の技術官僚 近代日本を作った長州五傑』(中公新書、2018年)
 

 長州五傑という名前はなんとなく聞いたことがあるが、伊藤博文井上馨以外の名前は出てこない。井上勝は聞けばなんとなくわかるのだが、山尾庸三と遠藤謹助については正直名前を聞いてもピンとこなかった。

 幕末期に洋行し専門技術を身につけてきた長州五傑を、身につけた専門性という観点から論じていくのがこの本の特徴である。それゆえに政治家として大活躍した伊藤博文井上馨よりも、専門性に特化していた他の三人に焦点が当てられる。私が名前を知らなかった山尾庸三と遠藤謹助についての貴重な評伝ともなっている。

 彼らの運命を分けたのは政治的資質であると筆者は言う。政治家として振る舞う資質を持っていた二人はうまく政争の場で立ち回ろうとする。しかし他の三人は自らのフィールドで自らの望む施策に取り組むだけであり、いわば技術官僚の走りであったといえるのだ。とはいえこの三人も伊藤や井上馨をうまく活かしながら、技術官僚として他の三人も自らの施策を実現させていたのである。現場の意見を無理やりゴリ押ししていく山尾庸三とその意見をなんとかうまく通そうとする伊藤博文の有り様はまさに専門家と政治家の典型のように思える。

 山尾庸三は工業、井上勝は鉄道、遠藤謹助は造幣で専門知識を生かしていった。彼らは政治家とは徐々に切り離されていく。このような政治家と官僚との切り離しの過程をたどっていけることも面白い。

 とはいえ、彼らの専門性は幕末洋行で学び取ったものであり、それゆえに後発の洋行組にその専門性は追い越されてしまう。技術の発展に技術官僚たちはついていかねばならない。筆者はこの発展を「専門性の階梯」と呼び、技術官僚たちがこの階梯をいかに登っていくかは現代においても課題であると指摘する。

 伝記としての面白さと政治史としての面白さが両立されており非常に面白く、現代につながる予算制度や鉄道網などの基礎が形成されていくさまも伺うことができる良書だった。