座敷牢群島

日頃触れ合った様々な文化についての備忘録となっております。

吉川幸次郎『陶淵明伝』

 吉川幸次郎陶淵明伝』(ちくま学芸文庫、2008年)[新潮文庫、1958年]

 陶淵明をちゃんと読んでみようと思っているところでたまたまこの本を古本屋で見つけたので購入してみた。

 冒頭は陶淵明が自らに宛てた「自祭文」から始まる。この詩に書かれている自由人としてのあり様は単純なものではない。現実逃避しながらも現実を直視する、死を喜びながらも不安も綴る。このような矛盾した心が詩のなかに素直に現れるところに陶淵明の魅力があるのかもしれない。有名な「帰去来兮辞」は心に揺れの無い平静な詩に思えるけれども、実際には意外と感傷的な詩があることがわかる。

 陶淵明というと酒を愛する隠者のような印象があったが、意外にも乱世の政争ともかかわりがあるという。若い頃は世の中を正そうとしていたのかもしれないと思うと、できるだけ俗世との関わりを断とうとしていた後半生を見る目がかわってくる。

 陶淵明がよく使う自由に空を飛ぶ鳥について筆者は丁寧に分析を加える。本当に自由に空を飛び回る鳥たちもいれば孤独にねぐらを探す鳥もいる。淵明はこの鳥のどちらの姿にも自分を重ね合わせていたのかもしれない。

 単に酒を飲み山に籠もり続けた隠遁の楽観詩人というよりも、一旦は現実に向きあいながらも無力さに気が付きなんとか現実から離れようとした苦闘の詩人なのかもしれない。こんなことを思いながらゆっくり陶淵明全集を読んでいこうと思う。