座敷牢群島

日頃触れ合った様々な文化についての備忘録となっております。

瀬川拓郎『アイヌ学入門』

瀬川拓郎『アイヌ学入門』(講談社現代新書、2015) 

 

 アイヌ縄文人という認識を持っている人間は少なくないだろう。当然、完全な等号で結ぶことはできないとわかっていても、縄文から変わることなく太古の生活を守り続けてきた民族としてアイヌを捉えている人々は決して少なくなく、生き残った古代人としてのアイヌ像は未だに社会に残っている。私もアイヌに対しての認識は(正直言って自分のなかで形にすることもほとんど無かったのだが)生き残った古代人というイメージに近いものであった。
 著者は縄文文化から変わることがなかった民族としてアイヌを理解することを否定する。この本はアイヌと他文化・他民族との交流を示すことによって「容易には要約することの不可能なアイヌという存在の解明の前触れとなること (p. 12)」を目的としているのだ。
 縄文文化からの伝統を引き継いできたアイヌ独自の文化は決して孤立し立ち止まっていたわけではなく、むしろ和人や他の北方民族の文化を吸収し発展させることによって変化し続けてきた。この本では「変わらなかった」部分と「変わった」部分を様々な視点から紹介している。
 アイヌ縄文時代からの伝統を引き継いできた民族であることは間違いなく、クマ祭りや入れ墨文化には縄文文化からの伝統を見ることができる。しかし、縄文から伝統が受け継がれているということは、何の変化もしていないことは意味するわけではない。アイヌは外部と盛んに交易し、その過程で他文化も受容した。オホーツク人や和人との交易のなかで、アイヌは自らのアイデンティティを意識するようになったという。山奥で太古からの生活をひっそりと守る民族としてのアイヌ像は明らかな誤りだったのである。
 交易の過程で文化を受容している以上、アイヌ独自の文化は決して孤立しているわけではない。コロポックル伝説は北千島アイヌの奇妙な習俗に関する他アイヌの噂が日本の中世説話の影響や他の北方民族の影響を受けながら発展したものであることが示される。また、独特の呪術は本州の陰陽道の影響下で発生したものであることが指摘される。さらに黄金というテーマを通して、奥州藤原氏アイヌの結びつきの可能性も著者は提示する。


 アイヌは単純で単一な生活圏に生きていたわけではなく、異民族に開かれた生活圏のなかを交易しながら生きてきた。極めて魅力的なダイナミズムがアイヌにはある。今までのアイヌに関する生半可な認識を打ち破られた意味で非常に心に残る一冊であった。