座敷牢群島

日頃触れ合った様々な文化についての備忘録となっております。

海音寺潮五郎『二本の銀杏』

海音寺潮五郎『二本の銀杏(上・下)』(1998年、文春文庫)[初出:昭和34年10月21日~36年1月6日「東京新聞」夕刊]

 

 昭和の時代小説作家といえば必ず名前が出るのが海音寺潮五郎であるが、読んだことは無かった。手にとって見ると、重苦しさを感じさせない文体でストーリーもわかりやすく、古さを感じさせることはない。司馬遼太郎が絶賛しているというのも納得する。
 作品は天保の頃を描き、北薩の赤塚村を中心に繰り広げられる。郷士であり山伏でもある上山源昌房は才を持て余していたが、時の家老調所広郷の知遇を得て川普請や開拓で百姓を救っていく。難事を爽快に乗り越えていく姿は実に痛快だ。
 『二本の銀杏』とは北郷家と上山家の庭に聳える二本の銀杏のことである。源昌房は郷士頭の北郷隼人介の妻であるお国と道ならぬ恋に発展するが、同時に北郷家の落胤であるお清とも通じ合う。この北郷家の女性たちと源昌房の関係もまた作品の魅力となっている。この人物はフィクションかと思っていたが、解説によると堀之内良眼房というモデルがいるようだ。
 武士としての序列、夫婦の倫理を突き崩す源昌房が山伏であることは作品の高い完成度に極めて大きな影響を与えている。山伏が持つトリックスター性を大衆小説という形で遺憾なく発揮させているあたりが海音寺の見事なところだ。また、とにかくいい人である北郷隼人介、源昌房の成功を妬み陥れようとする福崎乗之助といった脇役の人物構成が非常に巧みであるところもこの作品の魅力であろう。